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「ヒナの眸」(4) [児童文学・小説]

「…あなた、また、満つに入ったのね。」

日目(ひめ)の上は、月見堂の紙袋にいっぱい食べ物を抱えてきた月見の宮(つきみのみや)を見て、微かにあきれた風情で振り返った。日目の上が手掛けていた文机には、山と積まれた巻子や書類が広げられている。

「いやあ、毎日お勤めご苦労様です。姉上」

にたーっと笑顔を浮かべて、あんパンを片手にもぐもぐ頬張りながら、満つに入った月見の宮は太った体を揺らしながら、長椅子に座った。満足気だ。満つに入った月見の宮は、始終食べ続ける。朔に入ると途端に食が細くなる。夜の食(お)す国を統べる、日目の上の双子の弟。満つと朔を繰り返す。ぶくぶくと巨体になるのも必要な時期で、これがないとあまねく天(あま)の下(もと)は生きていけない。姉弟は透き通るような白い肌、衣を透して光り輝くような美貌は、生き写しだった。

「織部の姫が死んだそうですね。」

姉の顔は、瞬間、凍りついた。

「ヒナの眸」(3) [児童文学・小説]

「ったく。ぐずぐずすんなよ。」

ぺっと唾を吐くように言い捨てるカンタは、シャキシャキした物言いをする。風息(かざおき)とちがって、こうと決めたら意志を曲げない。ひとつのことにこだわらない。真っすぐだ。回りくどいことが大嫌いだ。

風息が女の子のような風貌で、やさしい性質なのを知っている下女たちは、カンタがいないときを見計らって風息に冷たい仕打ちをする。言葉にするのももうしわけないような、取るに足りない仕打ちだ。この宮(みや)の主(あるじ)は風息なのに。

風息は、夜になるのをおそれていた。

「・・・剣の稽古の時間だろ?」

「行けよ。」

カンタの言葉に、視線を足元に落としたままでいた風息は力なくうなずいた。


「ヒナの眸」(2) [児童文学・小説]

海の底深くにある、わだつみの いろこの宮は珊瑚と真珠、さまざまな宝石と金で彩られた宮殿で、海の泡がところどころから吹き上がっていた。宮の周囲には紅珊瑚の塀がめぐらされて、中は1つの街のようになっている。実質上の海の中の都だ。

あたたかい海水に囲まれた宮から天上を眺めると、波の波紋が光を反射して透きとおり、光の帯となって幾本もふりそそいでいた。階(きざはし)のように見える。淡く薄い紺碧に染まる天の水面(みなも)。

「・・・あの階をのぼって行けば、天上の父上や姉上たちに会える。」

心ひそかに恋しく慕ってやまない光るようにうるわしい姉、日眼の上(ひめのうえ)がおられる。海上のさらに上、蒼天の頂(いただき)にあり、雲母たなびく天空の宮殿、たかまがはらの宮。天下を広く照らすと称されるほどの日の光に輝く日の宮に、風息(かざおき)の姉はいた。そこで、父の命(めい)を受けて、日の光の照らす地上をあまねく統(す)べていた。

記憶の中の姉は、透きとおるように白くなめらかな肌を持ち、切れ長で漆黒の眸を持つ、幼いながらにうるわしい人だった。――もう、長いあいだ、姉上ともお会いしていない。

 

 


「ヒナの眸」(1) [児童文学・小説]

「泣くな!」

 いつもカンタは怒鳴る。
 カンタは、ぬいぐるみの蛇のように見えるけれど、手足がついている。そのぬいぐるみに、風息(かざおき)はいつも叱られている。顔をぐしゃぐしゃにして、鼻を真っ赤にして、目からぼろぼろ涙を流して、人前でも何でも大泣きする。
 風息は、こうろぜんのほうの袖で涙をぬぐって、鼻水をぐしゅぐしゅとすすった。まだ、あどけなさが残る。ぱっと見ただけでは十ばかりの少女のように見えるが、れっきとした男の子だった。両側の耳の後ろでふたつに髪を結ってたばねている。


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